米国留学生、ナイジェリアに行く
コロンビア大学ロー・スクールに留学してた人の日記。
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Author:米国留学生
Columbia大学のロースクール(LLMコース)に通う日本人留学生です。
自己満足ですが、覗いてってください。



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負けられない戦い
ちょっと遅いですが、日本代表、W杯出場決まりましたね。

めでたい。

南アも日本からよりははるかに近いことだし、タイミング合わせて休暇とって、応援行けないかな、とひそかに狙ってます。

でも、その前に、W杯出場を賭けた熱い戦いは、ここアフリカの地でもおこなわれいるのです。

ナイジェリアでスポーツと言えばサッカー。テレビをつければ、必ずサッカーの試合が放送されてるし(主にプレミア)、欧州のチームのユニフォームを着ている若い男性が街中に溢れています。代表のスーパー・イーグルズは、特に若い世代で戦績を残してきていて、アフリカン・サッカーの台頭の代名詞的なチー。にもかかわらず、2006年はドイツ行きを逃しており、今回の代表には大きな期待が寄せられています。

というわけで、もう2週間も前ですが、いってきました。
アフリカ最終予選。
ナイジェリア対ケニア。

もとは会社で日本代表の話しになったときに、同僚が一言。
「今週末ナイジェリア対ケニアやるらしい、しかも、アブジャの国立スタジアムで。」

「まじで!?行くしかなくない?でも、こんな直前にチケット取れるかな?」

「ローカル(現地人)の職員に聞いてみましょう。」

・・・

「取れるみたいですよ。本当に行きます?」

「行きます。もしかしてチケット高かったりするの?」(参考:アブジャ物価では、軽い外食昼飯1500円。ヒルトン一泊3万以上。東京並みORそれ以上。)

「300みたいっすね。」

「300ドル・・・3万円か。きついな。」

「いや、300ナイラ(210円)です。」

「・・・行きます。」


そして、当日、ローカル職員のベン君と日本人同僚3人。
車で近づくとスタジアムと大量の車が見えたので、ちょっと遠めの位置で路肩に路駐し、歩くことに。
行く途中、アブジャの街をぐるりと一周する環状道路が横目に見え、渋滞でびっしり。早めに路駐しておいて正解だったと思って、よく見てみれば、渋滞で車が「止まっている」のではなく、「停めてある」ではないですか。
4車線が1車線になってました。この道、東京で言うとこの環八とか首都環状線でっせ。

「路駐」のレベルが違う。。。

スタジアムは、大きな複合施設の中に位置するために、その施設内に足を踏み入れるためにも、チケットを提示する必要があり、マシンガンをお持ちのいつもの制服のお兄ちゃん達が、チケットを確認に。
チケットを見せようとした瞬間、ベン君がお茶目なことに、

「僕の分のチケットなくしたみたい。。。」

「まじかい。どうすんの?」

と、辺りにダフ屋がいないかと見回していると、ベン君、地面に落ちていたペプシの包装紙をつかんで、それを提示。

ベン君、君はマシンガンをなめている。。。

と、血の気が引いていく音を聞いていたら、ベン君、余裕で突破してるではないか。

・・・まいっか。

しかし、さすがにスタジアムそのものに入るためのゲートはチケットを一枚一枚確認していたので、ダフ屋から買わざるを得なく、さっそく交渉開始。
「がめつい」ことで有名なナイジェリア人。どんな額でふっかけてくるのかと、半ば興味半分で見ていたら、なんと100ナイラで交渉成立。

正規ルートの3分の1ですが。。。

どうやって交渉したのと聞いてみると、買ったのになくしたのだから、本当はただでもいいはずだ、と迫ってみたと。

・・・もうどうでもいいや。
ってか、がんばれ、ダフ屋!

そんなすったもんだで、ようやくスタジアム入り。早速ナイジェリア代表のユニをゲット。
1000ナイラなり。
本物の新品ADIDASにも関わらず、感動的な安さ。
狐につままれきった感じで、装着。頭には民族衣装帽。

ゆに

準備は完璧。


席は当然自由席。そして当然のように満席。
というわけで、階段に着席。でもこの景色。フィールドのど真ん中だし、S席かA席のビューに大興奮。両隣、前後の方々とは完全に接しているけど。

正面

さて、チケットに書いてあるキックオフ時間は16時。
現在17時半。
フィールド上は無人。
まあ、そんな感じがナイジェリア。
仕事でも、アポとっても1時間くらい平気で待たせる方達です。

窮屈な思いをして待っていると、左前15メートルから叫び声が。

「ポリス!ポリス!」

どうやら、喧嘩がはじまったらしく、周囲の人間が警備員というより警察を呼んでらっしゃいました。
喧嘩の理由は、階段のみんなが座っている間を通り抜けようとしたら、足が当たったとか当たらないとか。
うーん。。。
まあ、そんな感じもナイジェリア。

その後、2つほど喧嘩が勃発し、ようやく選手入場。

試合前

この2チームと日本代表が同じ舞台を目指しているのだから、やっぱりW杯は規模がでかい。

って、あれ?僕の着ているユニと色、微妙にちがくね?
どうやら古いモデルだったようです。格安も納得。

試合は、格上のナイジェリアが試合開始早々リードし、後半に2点加えて突き放し、終わってみれば3-0の圧勝。
後半にはヌワンコ・カヌが途中出場しかなり感動。
アトランタでは、あなたにやられました。

しかし、ダテに毎日のように欧州サッカーが放送されるだけなく、ナイジェリアのサポーターは目が肥えている。
有効なサイドチェンジや絶妙なトラップに拍手喝采し、走らない選手には容赦のないブーイング。こりゃ、強いわ。


さて、民族衣装帽とナイジェリア代表ユニを着ているアジア系はさすがに珍しいらしく、試合に勝ったことで上機嫌になっているナイジェリア人に大人気。

のべ50人くらいと握手しました。 
そして「You are Nigerian!」とありがたき言葉。

受け入れてくれたことはとても嬉しいですが、僕は時間も守るし、喧嘩もそんなにいたしません。

しらふのときは。







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歓迎
あっという間に3週間がたちましたが、新しいご近所さん、新しい職場、ということで、最初の1,2週間はひたすら挨拶回り。

そんなナイジェリア人との挨拶でのひとコマを御紹介します。

「Hi, I’m ~~ from Japan. Nice to meet you.」
「Hello, my name is ~~. YOU ARE WELCOME.」


???
あれ?僕、「Thank you」って言いましたっけ?
いや、言ってねーよな。

むしろ、「Thank you」って言えってことか?催促されてんのか?
でも、なんかしてもらったけか?

と、混乱していると、日本人の同僚の方が、「ナイジェリア英語だよ。」と教えてくれました。
ナイジェリアでは「You are welcome」を直訳どおり、「あなたを歓迎してます」という意味で使うのです。


そんなわけで、うれしいことに歓迎されているようです。


とはいえ、入国時は手荒い迎え方でした。

朝4時半に空港に到着し、荷物の受取りエリアから関税申告を無事突破し、待合スペースまで出ようとすると、制服を着た若い空港職員に止められ、「トランク4つだね。空港利用料として10000ナイラ(8000円くらい)ね。」と。
まだ両替もしていなかったので、戸惑っていると、荷物受取りエリアまで迎えに来てくれていた同僚の方が、「空港利用料?そんなもの聞いたことも払ったこともない。なんなら君の上司に確認しますよ。」とその空港職員に向かって一喝。
空港職員はバツが悪そうに去っていきましたが、早速のナイジェリアの洗礼に2連続機中泊でぼーっとしてた僕の頭も覚醒しました。

「地球の歩き方」はフィクションではないんですね。
ちなみに「地球の歩き方」には、ナイジェリア版どころか、西アフリカ版もございません。

そして、駐車場に行くと、迎えに来ていただいた人が勢ぞろい。
総勢6名、その内訳:

同僚の方2名、
ドライバーの方2名、

そして・・・マシンガンを首から提げてらっしゃる制服のお方が2名。


・・・朝早くから、こんな僕のために本当にありがとうございます。

そんなわけで、2台の防弾車(アフガニスタンで使用していたものを持ってきたらしい。27歳、ナイジェリアで人生初の「お古」を経験するとは思いませんでした。)で車列を組んで、太陽が昇る前のアブジャに向かいましたとさ。



お久しぶりです
1年ぶりの投稿です。
完全に寝かしていました。しかし、今日をもって復活させたいと思います。

なぜ今さら?
を答える前に、とりあえずこの一年でどんなことがあったか、ざっと報告します。

○卒業後~7月末まで
ただひたすらにNY州司法試験のため勉強。まじできつかった、人生最後の受験勉強。3ヶ月弱で飲酒が2回といえば、どれだけがんばったか分かっていただけると思います。おかげで体重も増。試験勉強については思い出したくもないので、とりあえずこのくらいに。

○8月~9月頭
日本から来た友達の接待。前払いしたミュージカルとか野球観戦のチケット代は、必ず取り返します。パソコンと自転車を大学で盗まれました。さよなら、写真とituneの音楽。

○9月頭~1月中旬
コロンビア大に残り、もう1学期間学生やってました。でも、正式なコースが終わってしまっていたので、寮を追い出され引越しを余儀なくされました。貧乏学生ということもあり、ハーレムへとお引越し。
ルームメイトは42歳の黒人ロックミュージシャンと猫。猫は、ルームメイトのフランス人の前妻に与えられたフランス語の高尚な名前があったのですが、日本かぶれのルームメイトに「猫又」と呼ばれていたので、又さんと呼んでました。本名は忘れました。写真家とか、音楽プロデューサーとか、映像作家とか、いままで会ったことのない人種と交流ができて、毎日が新鮮だった。。。ような気がします。
ハーレム自体はクリントン元大統領や歴代のNY市長の尽力もあり、想像よりはるかに安全で暮らしやすかったです。もちろんコミュニティによってルールや雰囲気が違うけど、それが治安に直結するものでもないですね。
黒人やヒスパニックが多く、東洋人は珍しいらしく、彼らにはむしろ怪しいアジア人に映るらしく、絡まれることも全然なかったです。いや、小学生には絡まれたな。3倍返しにしましたけど。
うっかり聞こえてしまった銃声らしき物音も爆竹であると信じて毎晩安眠しました。
ビバ、妄想族!

○1月中旬~5月中旬
ワシントンDCの法律事務所でインターンしました。よって、再度お引越し。
DC最高でした。みんなNYと比べ退屈だというけれども、道の広さ、清潔さ、緑の多さという点では、比べ物にならない。散歩大好き人間にはたまらん街でした。
法律事務所では、お客的な扱いといっちょ前の弁護士な扱いとを使い分けられ、事務所がばたばたしているとき、猫の手になりました。でも、大学で勉強するよりは落ち着いた生活ができ、「趣味は料理です。」といえるようになりました。
事務所に対する貢献は、事務所のソフトボールチームでの4安打くらいです。でも、4エラーとプラスマイナスゼロか。。。



そんなある日、会社から電話が。
「君の次の配属先は、アフリカのナイジェリアです。16日に発令ですので、25日にアブジャに着いて働き始めてください。」

はい。了解です。ところで、アフリカ以外のナイジェリアってあるんですか?


というわけで、ナイジェリア到着してから2週間がたちました。NY、DC、そして日本でお世話になった方々、ちゃんと挨拶できず本当にすみません。どたばたしており、お伝えすることができませんでした。そして、郵便事情もネット環境も悪く、今後も個別に挨拶することができないことをお許しください。本当にお世話になりました。ありがとうございました。

そして、ブログ再開します。
正直、NYでは、ブログに書き残すほど面白いことはなく、普通のことを無理矢理ネタのように書いていました。冬眠は、「ネタ切れ」に「めんどくささ」がスパイスとして加えられた結果です。
しかし、ナイジェリアはネタの宝庫です。まだ2週間にも関わらず、これでもか、と書くことがあります。
今後とものぞいてくだされば幸甚です。

さて、再開に当たって、今まで書いてきたことを見直してきたのですが、このブログ自体がナイジェリア行きの壮大なフラグのように思えてなりません。
・ NYの地下鉄に文句をたれましたが、アブジャにはそもそも地下鉄なんてありません。信号機もほとんどありません。
・ 注射でうだうだ言いましたが、赴任前に8本打つことになりました。ある日なんて、同時に生ワクチンを5本も。毒手を身につけた可能性があります。
・ ギリシア人とインド人の英語にけちをつけましたが、ナイジェリア人には勝てない。ちなみにこの国の唯一の公用語は英語です。たぶん、「ヒデゴ」と読むのでしょう。
・ 一件起きた殺人事件で、こわいこわいとわめきましたが、現在、防弾車で移動してます。タイヤも防弾です。
・ 「みつわ」というスーパーに云々いいましたが、こっちで日本食料品をゲットするにはロンドン行きです。
・ ねずみにビビッてましたが、今はミニイグアナサイズのトカゲさん(頭数不明。)と同棲中です。
・ そして、NYを無法地帯とか呼んで、ごめんなさい。本当に。

とはいいつつ、意外とすごしやすいです。ナイジェリアはアブジャ。
僕なりに、かなり楽しんでるので、今後、生活の一端を紹介します。もちろんトラブルも。

というわけで、題名も微妙に変えました。留学情報をゲットしようとしてたどり着いてしまった人には申し訳ありませんが、今後ともよろしくです。




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